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川辺町の取り組みを追いかけて − ②

※サクラ島大学は、かわなべで行われるGNJ2012というイベントでごみステーションを担当します。
Thank you, Kawanabe!

7月21日の土曜日、かわなべの清掃センターを見学した後、待ち合わせ場所の川辺の道の駅へ。そこでお会いしたのは、20分別を実施された当時の、町長さんであった東展弘さんと環境係の担当であった亀甲俊博さん。お二人に、ゴミの20分別に至る経緯の実際とその中で感じられたことを伺いました。その中でまず東さんから、経緯の実際を伺いました。

もともと県庁で職員をされていた東さん。周りの勧めもあって川辺町の町長選に出馬し当選されたのが1997年の1月。就任当時に行った行政視察で、東さんは川辺のゴミ処理場の実態を目の当たりにしたと言います。
「これはまずいと思ったね」と東さん。当時のゴミ処理場は、処理場の敷地の谷間に焼却灰をと粗大ごみを投げ捨て、粗大ごみはそのまま火をつけて野焼きするといったことを20数年していたと言います。そして近隣住民から煙の苦情もあったにもかかわらず、町は特に対応もしてきてなかったそうです。
ちょうど同じころ、世間で話題になっていたのは「ダイオキシン」。ベトナム戦争でも問題になった枯葉剤にも含まれる毒性の物質で、人体に影響のある毒物です。当時多くのゴミ処理場の煙や焼却灰からダイオキシンが検出され、適切に処理されていないことが問題となっていました。かわなべも同様、ダイオキシンの問題が懸念されたのです。

「道路一本造るより人の命が大切」東さんは本格的に、かわなべのゴミの問題に取り組むことにしたそうです。まずは人選。そこで当時会計係だった亀甲さんを人事異動させて右腕に指名します。実は、亀甲さんと東町長さんは、偶然にも以前大家と店子。そんな二人がタッグを組んだことで、川辺のゴミ問題は大きく進展していきます。

まずは、すぐにゴミ処理場に長らく埋め立てられていた焼却灰と浸出水のダイオキシンの調査を依頼したそうです。その結果出てきた数字は非常に高く、最高で5659ピコグラムだったといいます(当時1000ピコグラムで土壌を掘り返して交換する必要があると言われていた)。そして、東さんはこの数値を、住民にもマスコミにも公表します。
当時、同じ問題を抱えた多くの市町村は、こういったデータをひた隠しにしました。しかし東さんは、それをまるっきりオープンにしていったのです。「行政は住民のために行うもの。それなのに、その住民に隠してどうする。」「自分は政治家ではない、行政マンだ。住民のために働くんだ。」という信念をお持ちだったのです。その結果、当時の行政は住民の信頼を得ていくこととなります。
「朝出勤すると、住民が言いたいことがあって、俺を待ち構えていて(笑)。当時はよく住民を町長室に呼んでは話をしていたよ。」こうやって町民と行政が対等に向き合いながらゴミの問題に町全体として取り組んでいく関係が作れたのだと東さんは言います。

そこから町は、埋め立てていた焼却灰の掘り起こしと、最終処分場への搬出を決定。多くの予算を使って、ゴミ処理の適正化に身を乗り出していったのです。その際、当然反対する議員もいたと言います。
「そういうときはね、枯葉剤のことを知っているか?って言ってやったんだ。で、勉強しろと。自分には、万が一ダイオキシンで住民に健康被害が出たらとんでもないことになるという危機感は強かった。」と東さんは話されました。

その後も川辺の環境行政は進んでいきます。産官学によって、ダイオキシン類の無害化実験を行うことにもなり、ダイオキシンの調査依頼先の大学から紹介されたドイツの研究者と、関連企業も参加したプロジェクトが始まりました。少しの予算しかない小さな町にとって、産官学によって行われることは、財政負担上とても助かることでした。やがて実験は見事に成功。02年には環境省がこの技術を承認し、同12月に本格プラントが建てられ、本格的にダイオキシン類無害化プラントの稼働に至ったそうです。

このようにそれまでの負の財産を処理していく中でも、当時かわなべのゴミは増え続けていました。そしてそのゴミの処理が町の財政を圧迫している現状もあり、東さんと亀甲さんは、ゴミの減量化・ゴミの分別に乗り出します。

インタビュー中に「なぁ、亀ちゃん」と亀甲さんに、確認を取るように話をされる東さん。「自分が町長だったこの10年が、県庁にいた頃も含めた長い行政マン人生において、一番楽しかったし充実していた。町長を辞める時は、こんな経験させてもらって本当にありがとうって職員にお礼を言ったんだ。」と懐かしそうに笑顔で話される東さん。
この東さんの強くぶれない、住民への想いと町長としての在り方があったからこそ、川辺はゴミの問題を乗り越え、今なお豊かな自然が残り20分別が継続されているのだと、強く思いました。

文:テツ

・川辺町の取り組みを追いかけて − ①
・川辺町の取り組みを追いかけて − ②
・川辺町の取り組みを追いかけて − ③

・川辺町の取り組みを追いかけて − ④ 

Thank you, Kawanabe!

夏の午後、窓から入道雲を見ると戻りたくなる。かわなべ森の学校はそんな場所です。ジャンボリーの舞台であるこの美しい森を一日お借りして、そのままきれいにお返ししたい。その日手にしたモノを大事に扱いごみを減らしていくことは、ささやかだけれど無限の優しさとなって広がっていくような気がします。森とともに生き、森を守ってきた川辺の人々へ、そして森そのものがもつ記憶へとその輪はゆるやかに伸びていきます。ジャンボリーの空気を楽しみながら、ふとした瞬間その輪のことを思い出してくれたら嬉しい、そう思いながら。

−GNJ2012で、わたしたちのできること。

森の学校のある川辺町では、まちの課題として環境問題に向き合い、20種類のゴミ分別とリサイクルを実施しています。そんな意識の高いまちに見習って….

・当日は、川辺町の取り組みにならって、わたしたちもごみ分別を実際にやってみましょう。
・ごみの回収は、会場内一カ所の「ごみステーション」でまかないます。
(※購入したお店では、ごみの回収はいたしません。)

・生ごみを出さないためにも、残さずおいしくいただきましょう。
・食べ物等の容器は軽く水で洗ってきれいにしてからごみに出しましょう
・お気に入りのマイコップやマイ箸、マイ皿を持ち寄って、気持ちよく食事をいただきませんか。

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