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原口 幹朗 | Bakery / Cafe Chanaan

インタビュイー : 原口 幹朗さん

地元の幼稚園で配るパンのお仕事が決まってから、ただでさえ早起きだったのに1時間も早く起きないといけなくなったことを、嬉しそうに語られている原口さんがとても心に残っています。少しずつ丁寧に近づいています、カナンの理想郷(ふるさとでつくる風景)へ。わたしは、バゲットと、洋梨タルトがお気に入りです。

偶然の出会いからパン職人の道へ

真っ白な棚には、焼き立てのパンが整然と並んでいる。香ばしい匂いに誘われるように、次々とドアを開ける人たち。静謐な空間が活気に満ちていく。こんな風景に出会えるのが、姶良市の中心地に建つ『Chanaan(カナン)』。オープンから8年目を迎えた街のパン屋さんだ。

店主の原口幹朗さんは、旧姶良町出身。進学で地元を離れ、卒業後は大阪の建設コンサルタント会社に勤務していた。20代も半ばを過ぎると、会社の同僚が郊外にマンションを買い始めた。片道2時間もかけて毎日通勤している仲間たち。そんな姿を目の当たりにしながら、50代の自分を想像すると、漠然と地元に帰りたいと思っていた。当時、自分で手を動かし、モノを作る仕事がしたいと考え始めていた原口さん。そんな時、同じ姶良町出身の奥様が雑誌で見つけた「石窯でパンを焼く会」に参加することにした。「イベントを主催していたご夫婦が和歌山で小さなパン屋をやっていて。ちょうど僕らは前日の夕方に現地に入っていたので、仕込みを手伝うことになったんです。」そして、そこでの出会いが二人のその後を決定づけることになる。

「いきなり厨房に入って仕込みを手伝ってみたら、工房の空気やパン生地を触った感覚に感動して。その夜はご夫妻のパン屋の話を聞いたのですが、すごく面白くて、興味深かったですね。」イベント当日は、店から少し離れた場所にある石窯に薪で火をくべ、用意したパン生地を入れ、焼き上がった大きなパンを集まった地域の人たちと分け合って食べた。「石窯でパンを焼き、地域の方々が集まってくる。その一連の流れがすごくいいなと思って。たまたま参加したイベントでしたが、これがきっかけになって、パン屋になろうと思ったんです。」運命の出会いから1年後、会社を退職した原口さんは大阪のパン屋で働き始める。それから6年間の修業を経て、鹿児島へUターン。当時1歳だった娘さんの子育てを考え、双方の実家に近い姶良での開業を決めた。こうして2004年に誕生したのが、ベーカリーにカフェを備えた店『Chanaan』だ。

和歌山とフランスに見た永遠の理想

旧約聖書に出てくる約束の地・理想郷を意味する『Chanaan』。和歌山で出会った石窯のパン焼き体験と、家族で訪れたフランスでのエピソードが、店作りの指針になったという。「修業が終わって、鹿児島に帰る前に1ヶ月フランスに行って、知り合いの紹介でパリのパン屋さんに入らせてもらったんです。その店の方に聞いた話ですが、昔のヨーロッパには、地域に石窯があり、各家庭にパンだねがあって、日にちを決めてパンを焼き、それを1週間かけて家族で分け合って食べていた。それがもとになって、パン屋になったというんです。和歌山でも石窯に地域の方々が集まっていたし、それがパン屋の理想、自分たちの目指すべき姿なのかなと思ったんです」。夫婦で目指す理想郷。それこそが、人々が集い、分かち合う、地域のパン屋の姿だった。

パン本来のおいしさを伝えるために

『Chanaan』ではオープン当初から食事パンに重きをおいている。それは「食卓で、みんなで食べるものを大事にしたい」という原口さんの想いから。子どもからお年寄りまで、みんなに食べてほしいと試行錯誤を重ねた末に、バゲットやカンパーニュなどのハード系の食事パンも当初より柔らかめに仕上げている。また朝食は食パンという家庭も多いことから、種類を豊富に展開。ひとり暮らしにも対応できる小分けのサイズも用意した。現在は60種類ほどのパンを並べているが、そのすべてが原口さんの手作りだ。素材にも人一倍こだわり、小麦は基本的に国産のものを、野菜は実家の畑で採れたものを可能な限り使用している。実は鹿児島の人は、他県に比べて、甘いパンを好む傾向にあるそう。そこで通常より砂糖を増やした配合が基本となるが、『Chanaan』のパンは甘すぎないのが信条。“本来の味”を大切にする原口さんの姿勢に、最近は共感する人も増え、消費者の嗜好が徐々に変わってきていることも実感できるという。オープンから8年を経て、少しずつ地域に浸透してきたのもうれしい変化。その集大成ともいえる成果のひとつが地元の幼稚園への納入だ。昨年から週に2回、給食用のパンを提供している。自ら作るパンを子どもたちに食べてもらうことが、かねてからの念願だったという原口さん。以前にも増して忙しくなったが、気力はいっそう充実している。日々の営みで大切にしているのは「やっぱり楽しむこと。あんまりつらいとか、きついとか思わないんです。何でもポジティブに考え、楽しむことが、パンのおいしさにつながると思うんです」と笑う。

進化するふるさとで営みつづける現在

生まれ育った姶良の街の魅力を尋ねてみると、「子どもの頃から親しんできた風景」だと教えてくれた。それは学生時代の通学路から眺めていた景色や自宅の近くで見る桜島の風景。発展著しい街にあって、変わりゆく景色もあるが、昔に比べて住みやすさは増したと感じている。実際に『Chanaan』の客層も、新しく姶良に住まいを構えた人と、昔からの地元だという人が半々ほどの割合なのだという。今後も店舗を増やすつもりはないと、きっぱりと答える原口さん。思い返せば20代の頃、将来の長期的展望を「地元に貢献したい」と書いていた。家族とともに自分の居場所を見つけた今、少しずつ活躍の場も広げつつある。最近参加して、印象的だったイベントのひとつが「umibede marche」だ。「姶良には街全体を活性化しようという雰囲気が生まれています。イベントをきっかけに横のつながりもできるので、そこからさらに変わっていくんじゃないかと期待しています。」発展的な動きと、心地よいつながりを街全体で育んでいる姶良市。その中で『Chanaan』が担うのは、人間の根源ともいえる「食」の分野だ。人々が集い、分かち合う、豊かな食事。その原体験を持つ原口さんだからこそ、食べるものが心の糧となるような、そんな滋味深いパンを作り続けることができるのだろう。今後は「食卓の風景を造りたい」と語り、将来的には食事全般の展開も視野に入れている。進化する街の姿に呼応するように、魅力を増してきた『Chanaan』。ひと切れのパンには、心と身体の栄養がぎっしりと詰まっている。

原口 幹朗 | Bakery/Cafe Chanaan

文:里山 真紀
アートディレクション:冨永 功太郎
デザイン:篠原 拓朗
撮影:高比良 有城
企画:丸野 卓・久保 雄太

 

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